この仕事を続けていると、ホント思う。
自分を変えちゃダメだ。
このブログを読んでいるお子さんには、きっとそれぞれ特性とか能力のデコボコとか社会に適応しづらい部分とか、あるでしょう。
僕の外来に来る人もそう。
それぞれデコボコして、変わった形の個性を持つ。
「人は変えられないから自分を変えよう」
よく聞く言葉だ。
分かるんだけどさ。
でも、思うんだ。
根っこの部分は絶対に変えちゃダメ!!!
※いつもよりちょっと長くなっちゃいました。ごめんなさい。あと、かなり抽象的な話です。重ねてごめんなさい。興味のある方だけどうぞ。
窓の話
ヒトはそれぞれに個性を持つ。
個性って、「変えなくてもいいよ」「変えない方がいいよ」じゃない。
「絶対に変えちゃダメ!!!」だと、僕は思うんですよ。
たくさんの患者さんを見て、そう思う。
これはマジで。
説明する。
我々ヒトは、日夜たくさんの刺激に晒されている。
そのうち、受け取るのはほんの一部と言われる。
多すぎる刺激に対し、無意識に取捨選択している。
全ての刺激、例えば
空調。調光。先生の声のトーン。クラスメイト30人の様子。鉛筆削るの忘れた。ノートがあと3ページしかない。あーこの問題当てられたくないな。不意に話しかけてくる隣の男子。昨日の体育で擦りむいた膝小僧の痛み。そういえばこの椅子微妙にガタガタするんだよね。窓の外の鳥のさえずり。週末サッカーした思い出。そろそろお腹すいた。
……とか、いちいち拾っていたら頭がパンクするよね。
授業なんて頭に入らないし、疲れちゃう。
だもんで、必要な刺激(この場合は授業内容)にフォーカスを絞る。
その他の刺激はスルー。
そういうふうに出来ているんですって。
僕のイメージを図解すると、こんな感じ。
たくさんの刺激(緑の矢印)のうち、窓(紺の四角)を通過したものだけが自分(ピンクの丸)に入る。
窓のない部分の刺激は入らない。
だから、不要な刺激は意識にのぼらずスルーされる。
窓のあるところのみ認識されるわけね。
そして、入ってきた刺激に対しどう反応するかは、個性による。
こんな感じね。↓
入ってきた刺激が、自分(ピンクの玉)というフィルターを通って、アウトプットされる。
だから、同じ刺激でも人によって反応が違う。
個性が違うから。
ここまではご理解いただけると思う。
でね。
ってことは、たくさんの刺激の中からどの刺激を受け取るかは、
その人がどの窓を持つか
に左右される。
同じ刺激でも、気になる人とならない人がいる。
窓を持っているか持っていないかだと思うのね。
ここまでが前提。
多すぎる窓
で。
窓の場所も数も人によるんだけど。
中には、窓がめっちゃ多い人っていて。
それで「困っちゃう」ことがあるようなのです。
アレもコレも気になる!!! って人ね。
不安が強い人とか、HSCとか、あとはADHDなんかに多いでしょうか。
あっちの刺激もこっちの刺激も拾っちゃう。
窓の多い人の図。(僕のイメージ)↓
↑窓が多い人は、たくさんの刺激をキャッチし……
結果、反応も大きくなる。↑
そりゃそうだ。
アレもコレも気にしていたら、考えること、やるべきことがいっぱいだ。
これがね、疲れちゃうケースがあるようなんですよ。
窓の成り立ち
窓のでき方には2通りあって。
- 勝手にできた窓
- 後天的に学習した窓
この二つ。
①については説明不要だろう。
花の香りとか他の人の行動とか新発売の家電情報とか、気になる人もいれば、興味ない人もいる。
この辺は気付くと勝手に備わっている。
どれを取り入れどれをスルーするかは、人による。
僕は漫画やゲームが好きだけど、興味ない人もいるだろうし。
新型家電には興味ないけど、好きな人は好きよな。
そして別に良い。
この窓で困っちゃうことは、あまり多くないだろう。
家電情報が気になりすぎて周囲とトラブル! とか、あまり想像できない。
問題になるのは、②の後天的な窓だ。
これには、良い窓と悪い窓とがある。
経験から身につけた危機管理とか、効率のよいうまいやり方とかは、良い窓だ。
この窓はあって良いし、あった方が良い。
でも、要らん窓を身につけちゃうこともある。
- こんなことをしたら恥ずかしい。
- これはバカにされる。
- 普通にできない自分はダメだ。
- 普通にできないアイツはダメだ。
- みんなが自分を嘲笑っている。
こんな感じの、「〇〇すべき」とか「普通は」とか「みんなは」とか、そういった類の価値観が多いでしょうか。
まー要らんよね。
この窓のせいで、色々気になりすぎちゃうんよね。
コレね。↓
批判も出るでしょうが、あえて言う。
僕はこれ、親からもらう部分が大きいと考えている。
もちろん先生とか友達とかメディアの影響なんかもあるだろうけど。
強いのは親だ。
影響力がケタ違いにデカい。
親が「世の中ってこういうもの」と見る視点を通して、子どもも世界を見る。
親が恐れるものは、子どもも恐れるようになる。
『窓』を継承していく。
あくまで僕個人の見解ね。
窓を閉じる
『窓』から取り入れた刺激を、個人の『玉』によって増幅(もしくは縮小)し、アウトプットする。
同じ刺激を取り入れても、どう反応するかは個性による。
例えば、親から「これができないとダメ」という窓を受け継ぐ。
この人が、
- ダメだけど、まぁいっか
になるか、
- ダメだ……終わった……
になるかは、『玉』の性質によるってことね。
だから同じように育てても、考え方や行動には個人差が出るわけ。
玉を変えない
でね。
トラブルが起きた場合、どうしても「玉が悪い!」になりがちだと思うのね。
- 気にしすぎだよ
とか、
- そう考えるのが異端だ
とかね。
わかりやすいし。
でも僕は、変えるべきは『窓』だと思っていて。
『玉』は変えちゃダメなんだ。
つまり、
気になるもんは気になる
し、
自分はこう感じた
それでいいんだ。
刺激に対する反応、つまり『玉』は変えない。
変えちゃダメ。
だって、まずうまく行かないから。
玉を変えるって、つまり自分を変えるってこと。
自己否定するってことだ。
自己否定を繰り返し、でも自分以外の誰かになんてなれるハズはなくて、自己肯定感を失っていく。
これね。
よく見る失敗パターン。
窓を閉じる
そうじゃなくて、窓を変えるんだ。
窓を閉じる。
要らん刺激はスルーする。
要らん価値観、つまり「こうするべき」「これはおかしい」「こんなんじゃバカにされる」みたいない、余計な気遣いね。
これを捨てるわけ。
不要な窓は閉じる。
努めて閉じる。
これは、知識と経験でできるだろう。
「みんな仲良くすべき」という窓を持っているから、おこりんぼのあの子が過剰に気になる。
→じゃあ、窓を閉じれば「あの子のイライラは私とは関係ない」と思える。
みんな仲良しな必要はないし、実際ムリだしね。
「人に迷惑をかけちゃダメ」という窓のせいで、SOSが出せずに抱え込んでしんどい。
→窓を閉じて人に頼ればいいし、むしろその方が迷惑じゃないってことも多いよ。
こんな感じで要らん窓を一つずつ突き止め、手放していけると良い。
窓を閉じた例
昔、キンキの剛くんが言ってた気がする。
これまで各方面に気を使いまくっていたけど、それをやめた。
人には嫌われたのかもしれないけど、自分としてはかなりラクになった。
的な内容だった。
自主的に窓を閉めた好例だ。
元々はあれこれ気を遣う、ガラスの少年だったわけね。
stay with me
でも、過剰な気遣いが、彼には負担だった。
正直しんどい、だったわけ。(懐かしい)
だから、窓を閉めた。
アーティスティックな剛くんの才能は、こうやって生かされたのだろう。
僕も彼とはジャニーズのオーディションで一緒だっただけで、性格とかそこまで詳しく知らないんだけど。(またわかりやすい嘘を)
でも素人目にも、彼の魅力を発揮するには窓を閉じた方がいいように思う。
その人の本質、つまり『玉』は変えちゃダメなんだ。
剛くんがあちこちに気を回していっぱいいっぱいになり、本来持っている芸術性を発揮できなくなるのは違うってこと。
それより、『窓』を閉める。
ちゃんと取捨選択して、自分にとって不要な『窓』を閉めていく。
よく観察すると、要らん『窓』、いっぱいあるんじゃないかと思う。
余談:窓を開ける
余談だけど。
基本的にみんな窓が過剰だから、努めて閉めていくのを推奨する。
んだけど、例外もある。
発達障害のSST (ソーシャルスキルトレーニング)だ。
例えばADHDには、不注意がある。
忘れ物や無くし物、うっかりミスが多い。
これは、意識の外になっちゃうからなのね。
別のことに集中していると、それ以外は完全にお留守。
ADHDは、
見えないところはブラックホール
なわけです。
つまり、窓が「ない」わけ。
窓がない部分の情報は、入ってくるハズないからね。
そりゃ忘れ物しちゃうわな。
これを、意識して開かせる訓練が必要になる。
「忘れ物に注意する」という窓を、少しずつ少しずつ、辛抱強く開いていく。
こんな訓練。
ASDもそう。
人の気持ちとか、言外の意図とか、そういった部分の「窓」を開いていく。
まったく注意に上がらない、このような心の機微を、努めて意識させる。
窓を開けていく訓練よな。
でさ。
ない窓を開けるって難しい
よね!
窓を閉めるより、ずっとずっと難しい。
もともと存在しない窓をこじ開けるより、不要な窓を閉める方がいかに簡単かと思う。
こう考えると、発達障害のSSTって難易度が高い。
みんなよく頑張っている。
ちょっとずつちょっとずつ出来るようになれば上出来。
褒めてあげてください。
そして閉める方が簡単なので、こっちはぜひやってみてほしい。
まとめ
『玉』は変えない。
『窓』を閉めよう。
強くそう思う。
その子はその子のままでいい。
そのままを受け入れ、かつトラブルを減らしていくって、こういうことだとまじでめっちゃ思う。
玉を変えるのは、正直しんどい。
穴のない壁に穴をあけるのは得意なのに、窓を開くのは難しいですね。
窓を閉じるのは難しいのだろうけど、空いた壁の穴を塞ぐのもとっても難しい。
ほらっ。壁さんもネズミには勝てないじゃない。風には勝てるのに。
1日2回も頓服飲む事態に発展した。
母は息子には勝てません。降伏していいですか?
なるほど。子どもは高2で学校行けなくなって高3で通信制ですけど(中学受験経験者です)、子どもがのびざかりだったころにいろんなことをやらせだり、つれていったりしました。それは決して過剰ではなかったと思いますが、いつのまにか勉強できない人はダメな人的なものを植え付けてかもと思うとぞっとしました。親の影響は控えめに。だまっとく。肝に銘じます。
先生、おっしゃる通りでございます。私はずっと、発達障害だけど人に迷惑をかけなきゃいいやって思っていて、それを息子に押し付けて育ててきました。それが合う子なら良いのですが、うちの息子には合わない言葉がけでした。
私もたくさん窓を作らせちゃいました。
少しずつ閉じていかなきゃ…
今日もいいお話ありがとうございました。先生が芸能の道より医業を選ばれて本当に良かったです。オーディションに落ちて良かったです。
P先生こんにちは。
うちの息子は… 窓が“ない” タイプだなぁ…。
まだ4歳なので、今後、窓枠が見えて来るかな、と期待しています。開けられそうな時を見逃さないようにしたいです^_^
困った窓を閉めるためには 窓の本質を見付ける必要がありそうですね。