前回の話から。
ネグレクトケース
コメントをいただいた。
ネグレクトの多くが「不登校」から発見されることが多分にあるので、文科省の言う「親子関係の問題」はそうしたことも指しているのかもしれませんね。
わざわざ「受診」に来るのは何とか解決したい、と真剣なご家庭であろうと思いますが、残念ながら、世の中には子が学校へ行こうが行くまいが「どちらでもいい」という家庭も存在しています。
子どもが学校へ「通える」には大人の協力なしには無理です。
学校と病院とでは、問題の捉え方にズレがあるかもな、と学校勤務の私は感じました。
ふむふむ。
学校勤務の方からのコメント。
あまりに説得力がある。
そうなんですね!
ネグレクト。
学校に行っても行かなくても、どっちでもいい。
確かに、そしたら不登校になる可能性は高い。
ありがとうございます。
勉強になります。
そして確かに、こんな親御さんは受診には来ない。
だって、学校に行っても行かなくてもどっちでもいいんだもん。
わざわざ病院なんて連れていかないっしょ。
こんな人が僕の前に現れないのは道理で。
僕が見るのは、「受診しようと思って病院に来た人」のみだ。
そのバイアスは絶対にかかっている。
おっしゃる通りで、病院に来ない人はそもそも僕と話す機会がない。
ネグレクト。
結構いるんですかね?
これは僕にはわからない。
病院に来ないからね。
願わくば、特殊なケースであってほしい。
子どもが学校に行くかどうか、興味がない、そこまで気が回らない。
悲しすぎる。
※ネグレクトする親御さんがそうなった「理由」も絶対あるのは分かってるけど。親御さんもまた、ネグレクトされたり、劣悪な環境で育っている。悪意じゃなくて、余裕がないってことも承知。でも悲しすぎる。
ここからは僕の想像だけど。
こんなケースはきっと、小学校高学年以降の「いわゆる不登校」が増える年齢には減ってくると思われる。
自分の力で学校に行ける年齢だから。
自分で判断し、行動できる年齢が、一般的にそのくらいだ。
この頃になると、周囲と比較し自分の家がおかしいと気づき始める。
なんとか隠して「普通」に振る舞おうとするのは、毒親サバイバーの体験談でもよく出てくるエピソードだ。
あと、純粋に親から離れたいし。
人との関係を築きたい。
学校に行くというのはとても強力な選択肢だ。
となると、純粋なネグレクトから不登校になるのは、小学校中学年くらいまでが多いのじゃないかと予想する。
そして多分、発見次第自治体が介入する。
子どもの福祉のため、目を光らせるシステムがどこの自治体にもある。
だもんで問題が放置されてそのままズルズル……ってケースは少ないんじゃないかな。
少ないといいな。
そうであってくれ!
不登校が長引くケース
「どっちでもいい」なら、不登校の問題は長引かないだろうと思う。(根本的な家庭の問題は長引きまくるけど、それは今は置いといて)
世の中的にはこれだけ「学校には行くべき」って風潮がある。
それを押して学校に行かないって、かなりのエネルギーが必要だ。
長引くのは、「親が学校に行かせたくない」ってケースだろう。
親が学校に否定的な感情を持っている場合。
子どもは「学校に行ったら愛してもらえない」というメッセージを受け取り、親の思う通りに振る舞おうとする。
前回書いた話の前提、「親は学校に行って欲しい」が、そもそもちげーよってケースね。
これは長引きそうだ。
前回書いたとおり、僕の前には現れないんだけど。
結構いるのかな。
受診される親御さんはみんな「学校に行かせたい(たかった)派」だ。
「行かせたくない! 家にいなさい!」って人は見たことがない。
でも、きっといるよね。
どのくらいの割合かな。
かなりの少数かな、それとも結構いる?
その主義・主張自体は、僕は別にいいと思う。
問題は、行かせたくない理由だ。
- 子どものため
- 親のため
に分けて説明する。
子どものために行かせたくない
親御さん自身が、学校に不信感を持っている。
- 学校は何もしてくれない。
- 画一的な教育に賛同しない。
- 行かない方が幸せになれると確信している。
こんなケースね。
これは、僕はいいと思うんだよね。
反対する人も多いと思う。
でも親御さんの信念としてそう考えるなら、僕には否定できない。
個人的には、学校ってすごくコスパがいいし、特別な理由がなければ行った方がおトクだと考えている。
「どーしても合わない」なら方法を考えれば? ってスタンス。
学校システム自体には賛成だ。
でも、これは僕の考え方であって。
このシステムを否定する人もいて当然。
学校って何も神様から与えられたものじゃない。
いつか誰か、人が考えて作ったものだ。
それが絶対的な正解・正義とは限らない。
じゃあ、反対する人がいたって別にいい。
「親の主義・主張で学校に行かせないのは、子どもの教育を受ける権利を侵害している!」って意見は、まぁそうなんだけどね。
それを言ったら、逆に不登校児を無理やり登校させるのは子どもの基本的人権の観点からどーなんだって意見も成り立つし。
まぁややこいので、これ以上はやめる。
※当たり前だけど、学校に行きたい子を縛ってでも行かせないって話じゃないよ。子どもはどうしても親御さんの影響を受けるって話ね。親の意向を汲んで忖度しちゃうから、親が学校否定派なら、無理強いしなくても子どもの思考・行動には影響する。
とにかく、親御さんがよーーーーーく考えた結果、学校に行かない方がいいと思うなら、それはそれでいいと思っている。
僕は尊重したい。
ちなみにこんなケースなら、学校に行かなくてもその後の予後(社会適応とか)は良さそうだ。
※親子関係が良好って前提ね。支配的に押し付けちゃうとかだと予後悪そうだけど。でもこうなると主義・主張の問題じゃなくて、親子関係の問題。
親御さんのために行かせたくない
問題はコッチ。
- 親が不幸なのに、子どもだけ学校で楽しく過ごすのは許せない。
- 親は学歴がなく苦労しているのに、子どもに教育を受けさせるのは悔しい。
- 親と同じ苦しみを子どもにも味合わせたい。子どもだけ幸せになるのは許せない。
- 子どもは、常に親より「下」であってほしい。
- 学校に行かず、今苦しい私(親)のケアをしろ。(寄り添って話を聞くとか、家事をするとか。)
いるのかな。
きっといるんだろうな。
想像だけど。
子どもの幸せのためじゃない。
親御さんの都合で、子どもを学校に行かせたくない人。
それによる不登校。
いるのかな。
あまりに悲しい。
そうなった理由はもちろんあるだろう。
親御さんが、そう考えざるを得なかった理由。
きっとこの親御さんも、元は被害者だった。
それはわかる。
でも、とても悲しい。
このままでは、次世代に悲しみが連鎖する。
その子も、そのまた子どもも不幸になる。
僕にはどうしたらいいかわからないけど。
僕は僕のところに来てくれた人に対応するしかないし、もちろんこんな人は病院へは来ないし。
全員を救う気なんてないし、救えるとも思っていない。
ただ、こんな親子は本当に少数で、特殊なケースであってほしいなと思う。
まとめ
親のせいで不登校になったケースとして考えられるもの。
親は学校に行って欲しいと思っている
↓
- 支配的な親に反発し、学校以外の居場所を作る。(つまり非行)
- 支配的な親に反発し、「ダメな自分」を見せつけ、人生を棒に振って復讐。(つまり引きこもり)
これは、ある程度以上の年齢になってからでしょう。
どっちでもいい
↓
- ネグレクト
これは長引かない。(と思う)
学校に行って欲しくないと思っている
↓
- 子どものためにそうしている。(信念)
- 親のためにそうしている。(虐待)
こんな感じでしょうか。
いずれもきっと数は多くないし、不登校以外の問題(反社会的な行動とか、親子関係とか)がメインになってくるだろう。
ただこんな人は病院に来ないしブログも読まない。
今読んでいる方も、当てはまらないでしょう?
そうであればやっぱり、「不登校は子どもの特性の問題」と考えるのがシンプルで分かりやすいんじゃないでしょうか、と僕は思う。
小2の娘が不登校中です。
年長の時に離婚のため地元に戻りました。
小学校あがり一年間は人見知りないもないので楽しく過ごしてましたが2年にあがり支援級の担任の先生が2人とも退職してしまい新しい先生の怒り方がこわいと学校に行けてません。
学校側は色々しようとしてくれてますがなかなか本人に伝わりません。
一対一で家で怒りたくない。
こういうのはネグレクトなのか不安になりよんでしまいました。
明日こそ学校いけるようがんばろうー
中3の子供が不登校、引きこもりです。
学校には何のストレスもない、私(母)がストレスだ、ストレスで体調が悪いから動けない、と部屋に引きこもって大好きだった学校にも塾にも行きません。食事を渡す時にも嫌悪感で顔を背けるような状態です。
ドア越しに話しかけると黙れと怒鳴り、親子で一緒に向き合って受診やカウンセリングなどに行けるような状況ではなく、ネグレクトでなくてもこのような状態で受診できない場合もあるのです。
両親でスクールカウンセラーのお世話にはなっていますが、本人は他者と全く関わらないので気持ちの整理をする機会もないまま不登校が長引いています。
娘の不登校・引きこもりを経験し感じたのは
不登校は誰のせいでもない
に行きつきました。
本人がそれを選択した。
その結果だと思います。
どんな選択を選ぶか、結局選んでいるのは本人だから。
どの選択もできるのに。
その選択を選んだ。そこには本人の意思がある。
極論生きるも死ぬも選択しているのは結局自分。
そこに行きついたので誰のせいでもない。
腑に落ちた時から私の罪悪感が手放せた感覚があります。
同時に娘の罪悪感も剥がれた。
そんな感覚を感じました。
娘は今自分の足で歩き始めています。
今回の記事は考えさせられました…
中1、不登校娘の学校には入学した時点で7クラスに各クラス2名程度の不登校の子がいると担任に言われました。
入学式の後に教科書を受け取りにいきましたが、5月に入っても「まだ渡せない子もいるんです。」と担任がおっしゃっていました。
うちの地域は外国籍の方も多く、親も仕事や生活で手一杯で不登校だろうが時間が取れない方もいてそんな家庭の子は給食だけ食べに来ています。おそらく言語の問題もあり、勉強もついていけず授業も辛そうです。
担任にも我が家は「本人も元気でちゃんと医療にもかかり、学校ともお母さんが連絡をとれているので安心してます」と言われました。
やはりネグレストまではいかなくても医療にもかからず学校も行きたければ行けば…みたいな家庭の方もいます。
特性のあるわが家の子供たちと違い、本当は環境が整えば学校行きたいのかも…と思うとちょっと切ないですよね。
前回の記事を読んだ時に、ネグレクトの不登校は思い浮かばなかったので、勉強になりました。以前そんなケースのニュースを見た事はあるのに、どうして思いつかなかったかを考えたら、自分やうちの子達の周りには、過干渉の親御さんに育てられた子はいても、ネグレクトの子は多分いなかったんですよね。
自分がいかに狭い世界でしか生きてこなかったかを感じ、人は身の回りに見える物しか見ないのだなと、思いました。バイアスって、仕事上の立場だけじゃなくて、これまでの環境でも違ってくるんですね。
普段、「普通」の子が相手なら「普通」の先生だと言う事は理解しつつも、つい自分の子の先生にモヤモヤしてしまうので、「普通」じゃない子にきちんと向かい合ってこられた学校の方だからこそ、の物の見方と知識を知る事ができて嬉しいです。ありがとうございます。
これからは増えるんじゃないかな?って私は懸念します。
うちは小学4年で発達障害が判明したけど、幼児期で疑いや診断されてる子は増えている。
その子が親になる時代には、当然増えていると予想する。
情報量が増えて不安やストレス材料が増えている今、特性を持つ人が親になったら精神的にパニックになるのではないだろうか?
私の幼なじみは保育士で産後鬱になりましたが、プロが自分の育児では悩みを抱えるケースは結構あるようです。
幼児期から精神的に追い詰められた人の子が小学生になる頃にはネグレストに近い状態になっていても不思議ではない気がする。
元々真面目だった親なら、行政の訪問時だけ取り繕うことを無意識でしてしまう気もします。
特性から不登校だった子が親になれば、学校は絶対ではないと最初から思うのではないだろうか?
そしてコロナ渦の今、コロナ渦ならではの事情で登校させない親もいます。
(間違いとは言わないが)
小学校でもオンラインが導入されました。
通常登校になっても、オンラインを選択している家庭はあるし、それ以前から不登校を決めた家庭もある。
学校に対する概念が、今の子が大人になってた時にはかわってる気がします。
そして多すぎる情報時代、不安にかられ精神的な問題を抱える人は子どもも大人も増えると思います。
両方あるあるなと思いました。
親も不登校になんとか学校と向き合うことや理解をもとめる
ことも疲れると、学校は、避けたくなる場所に親子でなりがちですね。
確かに、ネグレクト云々で不登校になるケースもあるのでしょう。
ただ、P先生の仰るとおり、このブログを読んでいる親御さんは「まともな人」だと思われます。(そんな言い方じゃないけど 笑)
その「まともな人」が悩んでいて、何かアドバイスがほしいと思って読んでいるのだから、焦点をあてるところが違うと思います。
私はP先生のブログで救われ、親子関係がとても良くなったので、今まで通りに先生の観点から書いていただきたいと思います♪
今、高2の息子が小5の時に1ヶ月不登校。その後、再登校した後はたまに休んだりをしながらの登校。
今は「学校めんどくせぇ~」って言いながらもほとんど休まず登校しています。
小5の時、悩んで悩んで何度も何度も小学校の相談室の先生に相談にのってもらってました。
泣きながら、自分が鬱になりそうだ、と相談室の先生に話した時に「お母さん、悩んでくれてありがとうございます。」って言われたことを思い出しました。
悩まない親御さん、結構いるのかな⋅⋅⋅と感じました。
なるほど…。
子供の不登校について、考えている、または考えたことがあるような保護者に向けて発信される情報としては、
不登校は子供本人の特性によるもの、と思っていいんじゃない?というところでしょうか。
しかし上の学校関係者さんのコメントを読む限り、実感として親御さんが原因と思われる不登校が世の中にはあるという事ですね。とてもシビアな問題として。やるせない気持ちになります。
最近漫画の広告などでも、毒親に育てられたかたのコミックエッセイをよく見かけるのですが、そういったエピソードもこの先目にするかもしれませんね。