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苦手な仕事はやっぱり苦手 〜苦手なことを把握する〜

みなさん、コロナウイルスのワクチン打ちました?

僕は打っても打たなくてもいいと思っているので、どっちでもいいんだけど。

 

今日はワクチンの話じゃなくて、ワクチン接種からこんなことを考えたよ! って話。

 

問診医の仕事

僕はこれまでに数回、接種会場での問診医として派遣されている。

そこに僕の意思はない。

病院の指示で、みんな順繰りに行かされるのよ。

勤務医だからね。

社会の歯車。

そんな自分もカワイイ⭐︎

 

で。

老若男女、数百人の問診をし、問診票にサインする。

次々やってくるワクチン接種希望者に、一人ずつ問診をし、サインしまくるわけです。

 

この仕事。

 

マジ向いてねぇ!!!

 

そう思った。

 

もうね、苦痛なの。

辛くて仕方ない。

※一応ちゃんと務めは果たしてますよ。

 

次々やってくる人に、笑顔で問診し、サインする。

質問があれば答える。

それを延々繰り返す。

 

そんなにヒドイ仕事内容ではない。

わかってる。

でも、圧倒的に苦痛なのよ。

 

開始30分で既にしんどい。

帰りたい。

何度も時計を見るが、針は遅々として進まない。

なにこの時計、壊れてるんじゃないの?

 

 

病院でいつもの診療をしている方が、ずっとずっと良い。

やりがいも感じるし、時計の進みも早い。

終了後は心地よい疲れと充実感に満たされる。

ビールがおいしい!

 

なのに、この仕事ときたら。

まるでやりがいを感じない。

達成感もへったくれもない。

笑顔の仮面を貼り付けて、筋肉痛で頬が痛い。

ぐったり疲れるばかり。

ビール要らないんで風呂入って寝ます。

 

 

当然だけど、仕事が悪いわけじゃない。

社会的重要度も高いし、座り仕事で肉体的にもキツくない。

クレーマーに遭遇してメンタルを削られる可能性も低い。

他のスタッフもにこやかで協力的。

クーラーも効いて環境も良い。

 

悪いのは僕だ。

完全に僕。

他には誰も何も悪くない。

 

苦手な仕事

この仕事が、僕にとってなぜこんなにしんどかったのか。

考察してみた。

負け戦の敗因を考え、次に活かすことは重要だ。

 

で、

とにかく向いてない

という結論に至った。

 

 

おそらく僕は、「素早く、正確に、数多く」という作業が苦手なのだ。

どちらかというと「ひとつの事柄をじっくり考察する」とか「原因を推察し仮説を立ててやってみる」といったことが得意だ。

目の前のことをひとつずつ着実にこなす的な作業がダメなんだと思う。

集中が続かず、ウガーーーーッってなる。

 

 

思えば、小児期からそうだった。

今でこそ「医者です」とか偉ぶっているけど、実は掛け算九九が大の苦手だ。

みんなのようにスラスラ暗唱できない。

「1個ずつ機械的に暗記する」「それを順番通りに暗唱する」という能力が欠如しているものと思われる。

いまだに九九は怪しく、7の段は7ずつ足して答えを導いているのは内緒。

 

漢字の書取り○行ずつ(確か6行だった)という課題は泣きが入っていた。

100マス計算とか、やったことないけど狂気の沙汰だと思った。

 

あれ、どこでやるの?

公文? 日能研?

僕は塾とか行ってなかったので(放課後は道端の雑草を食べていたタイプ)、日能研のN字バッグは選ばれし勇者の証だと思っていた。

100マス計算がガツガツ行える、伝説の勇者にしか背負うことの許されない青いリュック。

燦然と輝いて見えたものだ。

 

あ、今でも憧れがある。

ちょっと背負ってみたい。

 

 

でね。

なんとなーく「目の前のコツコツ作業」が苦手なことは勘付いていたけど、決定的ではなかったのよ。

九九は覚えていなくとも、7ずつ足せば正解が導ける。

ここだけの話、9の段は両手を出して指を1本ずつ折っていけば良いのだ。(気になる人はググってみて)

漢字の書き取りも、クオリティーはアレだが一応完遂できる。

あと僕は選ばれしN字バッグの賢者(つまり日能研の生徒)じゃないので、100マス計算と向き合う必要もなかった。

 

決定打がなかったので、「なんとなーく得意じゃないなー」程度のフワッとした感覚を持つのみであった。

 

だもんで、うっかりそういった能力がフルに要求される職業についちゃったとしても、おかしくなかった。

あまり作業的な能力を要さない今の仕事をしているのは、単なる偶然だ。

受付窓口とかイベントの係員とか、事務系、エクセルの仕事、製造ラインとか、まぁそんなような今考えるといかにも苦手そうな職業をうっかり選択しちゃう可能性も十分にあったわけだ。

避けられたのは偶然でしかない。

くわばらくわばら。

 

推奨:すぐ逃げる

向いていない仕事ってトコトン向いていないと、今回身に染みて分かった。

普段の仕事と全然違う。

ストレス半端ない。

 

もし仕事選びを間違っちゃったと思ったら、即座に転職することをおすすめしたい。

僕も、今後もすぐ逃げようと再認識した。

 

もうね、絶対逃げた方がいい。

間違っちゃったらさっさと逃げる。

僕は多分、何度ワクチン問診当番の経験を重ねても、ここに喜びは見出せないだろう。

「なんでも上手にできる僕」は理想だが、現実は酷なものだ。

理想にしがみつくのはコスパが悪い。

 

僕を活かすのはここじゃない。

ワクチンに来た人も、もっと上手な人(向いてる人)に問診された方が気持ちよく打てるはずだ。

 

 

そして可能であれば、小児期に確信できればよかった。

これ、アカンなって。

頑張ってもこれはアカン、さっさと逃げようって思えていれば、間違った仕事に就いちゃうリスクも大きく減っていた。

繰り返しになるが、僕はただ運がよかっただけだ。

 

つまり、がんばらなければよかった。

苦手ながらなんとか形にして、事無きを得ちゃってた。

叱られないというメリットはあったが、自分の特性に気づく機会を失うというデメリットもあった。

そして僕にとっては後者の方がずっと大きかったように思う。

 

 

僕含め、ごく普通の人は「自分の得意なことなど分からん」という人が大半だろう。

突出した才能を持つ人など一握りだ。

「得意なことは分からんが、苦手なことはなんとなーく分かる」って人がボリュームゾーンかと思う。

 

そんな人の戦い方として、『消去法』は非常に有用だと思っている。

消去法。

「これはナシ」という選択肢を消していくと、残ったものが相対的にその人の得意な事柄となる。

得意がわかんないなら、とりあえず不得意を避けておこうってことね。

この戦法はかなり強いと僕は思っていて。

得意なことなんて別にないんですけど。 発達外来の初診で必ず聞く質問がある。 『好きなこと、得意なことはなんですか?』 勉強ができる? 足が...

 

 

まとめ

今回の件で、やっぱり苦手は頑張るもんじゃないと実感したわけだ。

苦手は避けるに限る。

さっさと逃げる。

コップの水を溢れさせ、次を探す。

 

苦手を頑張ってもコスパが悪い。

その人を真に活かすのは、きっとそこじゃない。

何回も逃げればいい。

そのうち合う場所が見えてくると思う。

POSTED COMMENT

  1. かめはる より:

    毎回、凹凸のある不登校の小学生息子をもつ、母の背中をそっと押してくれるブログありがとうございます!

    今回の先生のお話、まさに息子と一緒です。
    漢字は完璧主義で花丸を貰いたいが、何回も書くのは出来ない。単純作業は嫌だけど、推察から仮説を立てては得意。九九も足してます笑
    今の現状では学校という枠が息子には無理な様なので、一年近く休んでます。
    息子はASDの傾向もあるので、なかなか先の事は考えにくいかもしれませんが、小学生が終わる頃には得意不得意を認識して少しずつ将来に向けて動いて欲しいものです。
    親の望み通りにはいかないものですが(^^;)

    あと、少しずつでもそんな子供達が生きやすい社会になるといいなぁと思います。

  2. ぜむ より:

    いつも大変参考にさせて頂いています。
     先生、ひとつの仕事の中でも『得意でやりたいこと『苦手でやりたくないこと』がセットになっている場合、かなりあると思います。『データを集めて資料を作り込む(得意)、その結果を整理して期限内に提出(苦手)』とか。案件で分かれることもありますよね。そこで、『得意でやりたいこと』だけどんどんやりこんでいて『苦手でやりたくないこと』をガンガン先伸ばし、または逃げ出されてしまうと、仕事としてはかなり…一緒にやっているチームメンバーが大変だったりします。では、そういう方に『得意なことだけやってていいよ、苦手は他の人に全部任せて』と言える職場って、かなりマンパワー余裕があるのか、本人の『得意』が相当高い評価でないと、少し難しいかなって…。『得意、自分を生かせる』仕事でも、時には先生のように苦手でもちゃんとやらないと、ということを解って貰うには、どうしたらよいのでしよう。解っちゃいるけど無理なんだ、それが自分なんだ、ということなのでしょうか…。
    お気に障られましたら申し訳ありません、ご意見を批判するつもりは全く無いのです。ただ、我が子になら『本当に苦手なことなら逃げてもいい』と言いたい、またそんな子でも受け入れてくれる優しい社会であってほしいと願う反面、正に同僚の『得意なことはやりこむの大好き、苦手なことは先のばしか、放置。』で毎日のように悩み苦しみ、正直、怒りを覚えることもしばしばで…。わたしが修行が足りないだけかもなのですが、子どもの発達に悩む親として今回の記事に深く共感しつつ、件の同僚を思い浮かべ、改めて『自分が社会の側に立ったとき、その有り様を肯定的に受け止められるか』考え込んだ次第です。

  3. 匿名 より:

    先生!!
    実は前回ブログからすごく共感してグッときていたのですが、今日のブログも子供以前に私自身にぴったりはまる内容で、もう先生を抱きしめたい気分です(迷惑?)
    私も医療職ではないですが、某士業系の資格を学生時代にとって、ずっとその分野で働いています。
    この仕事の場合、王道キャリアパスを歩もうと思ったら、専門の事務所に入って、クライアント相手の仕事になるのですが、マルチタスク苦手なコミュ障の私には向いていないと、入職後すぐに気付いてしまいました。。
    学生時代は少数精鋭(?)の狭い友達関係の中で楽しく過ごしていましたし、勉強もできる方だったので、自分の特性については全く気付いていませんでした。
    結婚して子供を産むまでは発達障害の知識も全くなく、マルチタスクもコミュニケーションも自分が克服しなければならない課題だと思い込んでいて辛かったです。
    結局、そんな環境で10年近く働いて心を病みかけてしまい、その後何度か転職して、今は一般企業内の専門職のポジションに就いています。
    人とのかかわりは最小限で、自分にぴったりの仕事です。
    仕事が楽しいし、日曜の晩も鬱状態にならずに過ごせています。本当、苦手な仕事から逃げてよかった。
    でも、あの10年の下積みがあったからこそ今好きな仕事を選べているということもあり、複雑な気持ちです。
    ちなみに、私も九九ができないんですよ。
    資格的に計算科目や経済系の科目もあるので数学得意と思われちゃうんですが、試験は電卓持ち込み可なので計算力はあまり関係なかったのです。
    九九は、小さい数字X大きい数字はできるけど、大きいX小さいがなぜか覚えられません。
    例えば、七八はパッと答えが出てくるけど、八七はダメ。答えが出てこないので、頭の中でクルッと数字を七八に置き換えて計算してます。
    前回ブログの内容ですが、私も小学校の間はほとんど宿題したことがないんです。うちのクラスは黒板じゃなくて教室後ろの掲示板でしたが、クラス名簿の横に忘れ物の数だけXを付けられるんですが、私だけ桁違いに多くて枠をはみ出してました(笑)
    子供のADDが判明して、色々と自分なりに勉強するにつれて、自分の特性というか苦手なこと、得意なことに気付きました。
    自分の子供にもいろいろ試行錯誤しながら、自分の得意と苦手を取捨選択して、苦手なことを捨てる勇気を身に着けてほしいと思っています。

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