不登校

「学校に行く理由がわからない」

不登校の子。

外来で、僕は個人的に「不登校の理由」を聞くことにしている。

聞かない派の先生や専門家も多いだろうけれど。

 

僕は、鵜呑みにはしないけど、まぁ一応聞いている。

その子はそう思ってるんだなー程度の、参考までに。

不登校の理由って聞く? 聞かない?子どもが不登校になった。 どうしましょ? なぜ不登校になったのか、何がイヤなのか。 理由を聞いてみる。...

 

すると。

 

女の子
女の子
不登校の理由?

むしろ、学校に行く理由がわかんないんだけど。

 

そう答える子がいる。

 

「学校に行く理由がわからない」

不登校の理由を問うと、

むしろ行く理由がわからない

と答える子が一定数いる。

 

学校に行く理由がない、またはわからない。

積極的に行かない理由があるわけじゃなくて。

行く理由が見つからないし、行かなくていいかーって。

学校なんて基本的に楽しいところじゃないから。

 

 

似た話に「勉強する理由がわからない」というのもある。

それして何になるの?

なんの役に立つ?

目的が見えないし、じゃあ行かない(やらない)。

めんどくさいし、疲れるし。

 

うむ。

筋が通っておる。

 

「学校に行く理由」。

それぞれみなさん、思うところはあるだろう。

勉強とかコミュニケーションとか進学とか就職とか、とかとか。

友達とか給食とか部活とか青春とか思い出とか?

あとは義務感とか保険とか?

まぁ、それぞれありますわな。

 

でもさ、学校に行く理由の「絶対の正解」ってないわけじゃん?

万人が納得するヤツ。

それぞれみんな、まぁまぁのところでいい感じに納得することが多いんだけど。

断固納得できない人も、当然いるはずだ。

「行く理由がわかんない」「納得できない」人。

うん、いると思う。

 

 

ってことで。

不登校の理由にコレを挙げる子は、一定数いる。

 

むしろ、行く理由がわからない。

 

「行く理由がわからない」に対する答え

でさー。

こんな子たち、周囲の大人は困ってしまうわけです。

 

だって、明確な「不登校の理由」があれば、対処できる。

環境を変えたり負荷を減らしたり、工夫できるところがある。

 

でもこの子たち、「不登校の理由」は特にな

「登校する理由」がないから行かないだけで。

チョット、ドウシテイイカ、ワカラナイ……。

 

 

この子たちがさー。

数年見ていると、かなりの割合で社会復帰するわけですよ。

予後がいいの。

そもそも不登校自体、予後がいいんだけどさ。

この子たちもやっぱり、だいたい社会復帰する。

子どもって強いなぁ、成長ってすごいなぁと、毎回思わされるんだけど。

 

で。

社会復帰した子に、参考までに聞いてみる。

 

なんで学校に行くことにしたの?

以前は「行く理由がない」って言ってたけど。

何か理由が見つかった?

 

すると、こんなふうに答える。

 

女の子
女の子
だって、行かなきゃしょうがないし。

 

「行く理由がない」って言ってた子、かなりの確率で数年後に社会復帰する。

そして、かなりの確率で「行かなきゃしょうがない」って言う。

 

ほほぅ。

興味深い。

 

確かに、「行く理由がない」のアンサーは「行くしかない」だろう。

対になるカードはコレな気がする。

具体的な「理由」じゃなくて。

 

僕の経験では、具体的な「行く理由」を述べる子はあまりいなくて。

  • だって、行かなきゃしょうがないし。
  • 行くしかないし。

だいたいこんなふうに答える。

 

もっと突っ込んで聞くと、

 

女の子
女の子
まあねー。

この先の進学とか就職とか考えるとね。

生きていくわけだから、行くしかないから。

 

こんな感じ。

「〇〇大学に行きたい」「〇〇の仕事がしたい」とかじゃない。

もっと漠然とした、ふわっとした理由なのだ。

 

おぉぅ。

そうか。

 

 

でもコレさー。

不登校当時、散々まわりの大人が言ったヤツじゃん?

先々を考えると行った方がお得って、散々言われたじゃん。

なんで今になって納得したの?

 

女の子
女の子
あの頃は子どもだったからねー。

 

自分も大人になったんだよーなんて、ドヤ顔で。

こんなことを、まだ10代の子が言うので笑ってしまう。

 

ドアは子どもが開ける

現時点で「学校に行く理由がわからない」という理由で不登校している子、たくさんいると思う。

この問いへの答えは、「行かなきゃしょうがない」かもしれない。

数年後、そんなふうに自分で納得するかもしれない。

なんか僕、そう思うんだよ。

 

 

子供達を見ていて思う。

ホント、

ドアノブは子どもの側にしかない

って。

 

外からは開けられない。

本人が開けるしかない。

やる気スイッチ、押すのは自分だ。

 

大人の役割は、本人が動き出すエネルギーを奪わないこと。

そして外に出てきた子どもを温かい世界に迎え入れることだと思う。

そんだけだな。

※参考までに、自分からは出てこない子も一定数存在します。この子たちにはレールを敷いた方がよいです。過去記事参照。どんな子が出てこないのかの見分け方も、どっかに書いたので過去記事参照。オオサンショウウオ。

 

 

子どもは強い。

力がある。

生きていく力、切り開く力、選び取る力。

ちゃんと備わっている。

 

最近、不登校児が社会復帰した話を立て続けに聞き、そう思った。

大人にできることって多くなくて。

やっぱり、子どもの人生の主役は本人で。

本人がやるしかないし、その力がある。

大人は応援団で、骨拾い係だ。

 

 

そして大人の人生も、大人のもので。

本人の好きに過ごせば良いし、それが一番尊い。

 

ってことで、案の定僕は冒険(ドラクエ3)に旅立っており、ブログの更新がなかなかできません。

パーティーは、勇者・盗賊・魔物使い・遊び人です。

バランスが悪く非常に偏ったメンバーですが、それもまたアドベンチャーです。

 

これをクリアしたら、次は勇者・遊び人・遊び人・遊び人にトライしたいです。

何事も挑戦だ。

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