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「中途半端な特性を支援する仕組み」について僕の考え

前回に引き続き。

「親を支援する仕組み」について僕の考えこのブログでは、困った子(不登校とか起立性調節障害とか思春期とか発達障害とか)の話を書いている。 主に診察室から見えた風景。 ...

 

今日はグレーゾーンとか境界域とか、中途半端な特性を持つ人への支援について。

 

結論から書く。

前回の話を読んでくれた方はわかると思うが、僕は

今ある環境・与えられた選択肢の中から、最前の手を打つ

という考え方が好きだ。

 

ないものはないと思っている。

 

中途半端な人

中途半端な特性は生きづらい。

実生活において、「明らかに支援が必要」な人より「一見普通に見えるけど実は困っている人」の方が、大変な場面は多いだろう。

周囲から分かりづらい程度の特性って、扱いづらいと思う。

中途半端に困る人(境界域について)発達障害の診断がつくと、ショックはあるだろうが、支援はしやすい。 周囲の目から見て明確な特徴や困りごとがあれば、支援する方向で満場...
ギリギリに気付いた方へ中途半端に困る人。 いわゆる「グレーゾーン」とか「境界域」とかの人。 https://hattatsu-kids.com/?...

 

中途半端な人、ここではギリギリchopと呼ぼう、は難しい。

完全に支援されて生きていくのは過剰だ。

でも普通として過ごしても、なんだかうまくいかない。

 

ここできめ細かい支援、痒いところに手が届くオーダーメイド的な仕組みとかあるといいんだろうけど。

現状そんなものはないわけだ。

 

ギリギリchopは生きづらい。

 

男の子
男の子
なんで自分はギリギリchopなんだクソが。

 

女の子
女の子
 こんな仕組みの社会が悪い! 日本が悪い!

 

そう思ってしまう気持ちもわかる。

 

ないものはない

でもさ。

 

じゃあこの子に合わせてオーダーメイドの支援をしよう!

って、できる?

できなくない?

少なくとも学校とか道端とかでジャストフィットな配慮って、無理だと思うんだ。

家族がやってあげるのは可能かもしれないけど。

 

そうなった時に、

 

母
この子はギリギリchopだから良い支援を受けられなくてぢっと手を見る。

 

とかやってても、誰も得をしないと思っていて。

 

この子は、こういうカードを持って生まれた子だ。

それをどう生かすか、はたまた生かさないか、その策略を練った方がよくない?

 

 

具体的には、通常級と支援級ならどっちが良いと思う?

どっちも『ピッタリ』ではないことは承知。

でもどちらにも一長一短あるはずだ。

どちらかというと、この子にとってプラスになりそうなのはどっち?

どちらかというと、で選べば良い。

 

そして補助的に通級を使う?

習い事や療育で補う?

 

将来的には、この子の苦手な部分(コミュニケーションとか不注意とか気性の荒さとか)は、克服させる? 隠して(使わないで)生きていく道もある?

得意な部分(知的好奇心とか人懐っこさとか集中力とか)を前面に出せる場所は?

 

ないものはないし、あるものはある。

よく観察して作戦を練るのが良いと思うんだ。

 

ギリギリchopの強み

ギリギリchopは難しい。

難しいのは、「どうとでもなる」からだと思う。

明らかに普通でもないし、明らかに要支援でもない。

考えようによって、どうとでもなる。

 

この部分は一般的な対応でいいけど、この部分は配慮が必要、とかもあるだろう。

同じ特性に対しても、克服して活かすのか、捨てる(使用しない)のか、どちらも選び得る。

 

選択肢が多いのだ。

 

これって難しくて。

たくさんの選択肢から一つを選ぶのって大変だ。

みんな制服って決まってたらラクだけど、「服装は自由!」って言われると困るのだ。

 

でも。

選択肢が多いって、悪い面ばかりではない。

どうとでもなるのは、プラスとマイナスと両方の面がある。

そう、プラスに転化させることができるのだ。

 

例えば、「普通はこう」に捉われない選択ができる。

手札が多い。

「明らかにコッチ」より、その子に合ったきめ細かい選択ができる。

同じ特性でも、作戦によって「ここはあえて戦おう」とか、「ここは逃げる一択」とか、考えることができる。

 

そうやって自分をよく見て優先順位をつける。

自分と向き合うチャンスが誰よりも多いってこと。

 

自分ってナニモノ?

この問いに答えられる人が、大人でもどのくらいいるだろうか。

この点、ギリギリchopはいける。

「コミュニケーションが苦手でたまに変なことを言いますが、興味のあることを深く分析するのは大好きです!」(これ、僕のこと)

 

自分の強みと弱みがわかれば、それを社会でどう活かすか、道が見えてくる。

 

まとめ

ギリギリchopは難しい。

でも、だからといって世界を敵認定するのは違うと思う。

 

ギリギリchopにも、世界は優しい。

世界が優しく接してくれる面を出して生きていけば(つまりうまく適応すれば)、それで解決する部分は多いと思う。

 

そのためには、自分が適応するか、適応できる場所に移動するのかも含めて、

今ある環境・与えられた選択肢の中から、最前の手を打つ

 

ギリギリchopこそ、これをよく考えて生きていくとお得だと僕は思う。

POSTED COMMENT

  1. hibachi より:

    まさに!うちの子ー!
    ギリギリchopですよ!勉強ギリギリ。おともだちギリギリ。4月から4年生…
    これから難しくなる勉強。複雑になる人間関係。母としては見守り、時には導いてあげるしかないのですが…
    お稽古ごとも彼の特性を見て、苦手克服は捨てました。好きな事、好きなだけ続けさせてあげようと心に決めました。
    今回の先生のテーマにまた救われた気持ちです。何度も読み返します。

  2. すずらん より:

    いつもありがとうございます。
    ADHD+LDのある小3の息子がいます。
    息子は就学前までは普通の子として扱われていました。
    おそらく今の息子は周りから見るとグレーです。

    一年生の時に息子はLD→読み書き障害だったのに軽度だったため私も気づくのに時間がかかり、担任からはドリルや宿題など「息子さんはやればできるんです❗️」とまるで本人が怠けているように言われて追い込まれ不登校になりました。

    お笑い番組で「やればできる!」とあの彼のニコニコ笑顔で言われる度に「」やればできる!人もいるけどできない人もいるんだよ。」と思ってしまいます。

    通常級なので普通に宿題が出ますが担任に「息子は漢字の書き取りは1日2行にします」と断言し、学校生活で無理な時は遠慮なく逃げながら生きています。

    「グレーは白じゃなくて薄い黒」ですよね。
    これを忘れず生きていきます。

  3. にったん より:

    うちの小1ギリギリchop、運動がとても苦手です。
    先日お友達に「公園でサッカーしようぜ!」と誘われて、「サッカー苦手だからママも一緒に来て欲しい」と言われ一緒に行きました。
    案の定、転んで笑われたり、足が遅いと言われたり、お友達に「chopくん長縄全然跳べないからママがちゃんと練習してあげてよ」と言われたり…。
    小学校低学年男子の運動神経至上主義に、私が傷ついているところでした…。

    でも今日の記事を読んで、ざわつく気持ちを切り替えて、ここから戦略を練ることにします!
    運動が出来ないという事より、出来ない事を笑われたり責められたりする事が良くないと思うので、その辺を意識してフォローしていこうと思います。

  4. 匿名 より:

    4月から中学生になる女の子の母です。
    うちもまさにギリギリchopのグレーゾーンです。
    小学校では普通級以上在籍し、通級を利用していましたが、通級だけのフォローでは追いつけず、中学では特別支援学級へ入る予定です。
    明らかなのはLDと排泄自立遅滞だけなので、クラスにも学校側にも特に不都合がないため、進路相談にも親身になってもらえませんでした。
    唯一、通級の担任だけは、とく

  5. より:

    いつもブログ楽しみにしています。
    「今ある環境・与えられた選択肢の中から、最前の手を打つ」
    これ大切ですよね。
    無いものは無い、出来る事は何か?
    毎日が大変過ぎて、時々見失ってしまいますが思い出す事が出来ました。
    周囲に助けを求めても、出来ないサポートは多々あります。
    何とかしなくては…と結局親子で行き詰まってしまうよりかは、出来る事を良く見極める方が現実的と思っています。
    一喜一憂しながらの子育てですが、伴走者みたいに一緒に成長したいなと思っています。

    更新楽しみにしています。

  6. みいず より:

    我が家もギリギリチョップです。運動系全然ダメなんですが、なんか、ギリギリチョップなりに校庭の楽しみ方も極めつつあるようです。
    他のコメントの方もいっていらっしゃいましたが、苦手克服と思ってさせていた習い事を本人が失礼の限りを尽くして(もとい、意思表示をして)辞めたら、いろいろ見える景色が変わってきました。凸の部分(好きなこと・できること)を活用していく方向に本人も家族も向いたら、二次障害的だったいろんな問題点も見えにくくなったように思います。まあ、思春期を迎えたらまた変わるでしょうが・・・。
    実際数年発達系の小児科にかかっていて、2年前にちらっと先生が上記のようなことを言ってくれたのですが、当時の私には響かずにいましたが、二年経ってやっと、腑に落ちました。その時、先生に反論じみた事言ってごめんなさい、ってここで謝っても・・・ですね。

    先生の診察室の言葉はその時アレでもいつか親に子供に伝わる可能性あるっていう例なので、引き続き、世の中の子供のためによろしくお願いいたします。

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