不登校で、学校に行っていない。
自宅学習も、やってない。
読み書き計算くらいは……。
不登校の子の勉強の相談を受ける機会は多い。
不登校って、自宅で勉強している割合の方が少ない。
たいてい「ノー勉」なわけだが。
親御さんは基本的に、「最低限の勉強はしてほしい」というスタンス。
学校に行かなくても、基礎的な学力がついていないと、後で詰むと。
一方子どもは。
漢字が書けることが、分数の割り算が、将来何の役に立つって言うのさ!
勉強についての、僕の個人的な意見はすでに結論が出ていて。
なんのために勉強するかと聞かれたら、
の2点を挙げる。
だからまぁ、「しないよりはした方がいいんじゃね?」というスタンス。
だが、納得できない人(特に子ども)もたくさんいるだろう。
すごく理解できる。
そして学力で人を判断する社会なんて、こっちからお断りじゃ。
必要になったらそこから知識つけるし。
おぅ。
残念ながらわかるわ。
なんのために勉強するか
不登校の子と接する上で、常に鼻先にぶら下がっている命題だ。
動画を見た。
ホリエモンと成田悠輔が、「ひき算は必要か不要か」について話している動画だ。
多分、ググれば出てくる。
成田:ひき算ができないと困る。コンビニで計算ができない。
堀江:ひき算要る? コンビニで計算、する?
↑二人のスタンスはこんな感じで。
僕はダイジェスト版を見ただけなので、詳しい論拠は知らないんだけど。
多分、それぞれにスゲー理論があるんだろうけど。(二人ともヤベー天才だからね)(ガチで頭の良い人たちだと思う)
触りの部分を見ただけだけど。
僕は思ったね。
ほぅ。
興味深い。
ひき算は要るか。
四則演算は必須か。
で。
僕なりに考えた。
自分で、ちょっと面白いと思う説が出てきたんだ。
次回、僕の考えを書いてみる。
もちろん、この命題に絶対の正解などない。
成田悠輔の意見も正解、ホリエモンの意見も正解、あなたの意見も私の意見も全部正解だ。
その上で、どう納得するか、どれを採用するかなんだけど。
僕の考えは明日書くとして。
これについて、
我こそは!
と思う方がいたら、コメントに書いてほしい。
ひき算って、いります?
多様な意見が知りたい。
参考にしたい。
ちなみに、僕の意見はもう書き終えている。
コメントを読んで書き換えることはしない。
なので、僕のことは気にせず、「あなたの意見」として書いていただけると嬉しい。
あ、今回は「ひき算」限定ね。
勉強全般とか、学校に行く意味(コミュニケーション面含む)とかまで言及すると、収拾つかなくなるので。
聞きたいのは四則演算とか簡単な読み書きとか、『超』基礎的な学習のこと。
なんだけど、「漢字は将来的にはタイピングになる」とか言い始めるとキリがないので、あえてひき算に限定する。
ひき算ね。
小学校1年生で習うやつ。
いりますか?
いらないですか?
それはなぜですか?
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いるに一票
今13時で、13時50分に家を出る、
残り何分寝られるかとか無意識にでも引き算してると思います。
出産後病院では授乳前に赤ちゃんの体重を計り、授乳後にまた体重を計り、引き算をして毎回飲んだ母乳の量を書かされました。
ダイエット中の夫、毎日せっせと体重計にのり、なんグラム減ったか計算しています。これも引き算です。
生活経験が少ない子ども時代は引き算をいつ使うかイメージしにくいのだと思います。大人になっても結構使うよ~。
小さい時から算数は苦手でした。
小学校1年生の時に風邪で数日学校を休んだ事が有ります。休んだその日から引き算の授業が始まっていたようで、風邪が治って登校すると算数の授業が意味不明な呪文の授業になっていました。
何回目かの授業の時、半ば泣きべそをかきかけている私に隣の席の女の子が気付き「虫食い足し算」の要領で教えてくれ、やっと理解出来たことを思い出しました。(黒田さんありがとう)
引き算は足し算の裏返し、割り算は掛け算の裏返し方式で計算すれば回答は出来ますが答えを出すまでにひと手間増えてしまいます。
九九の時、3x7と7x3は同じなので全部覚えなくてもいいだろうと九九を半分しか覚えなかった私は(当時)割り算になったとき、「数字の入れ替え」+「虫食い掛け算」と二手間かかるようになってしまいました。
純粋に学校での勉強として考えるなら、テストの様に一定の時間で一定の課題をこなす場合この一手間、二手間は致命的なロスになってしまいます。
この手間を失くすための訓練として引き算、割り算の授業があると考えれば引き算の勉強は「有り」だと思います。
要るに1票。
要る→コンビニで計算できないから
要らない→コンビニで計算する?
電卓があるいは機械がやるから要らないって話は、そもそもが引き算の概念を知っている上での活用でしょって思うんだけど。
娘は小2のとき、引き算のテストすべてに縦棒1本加えて(-→+)足し算にして0点で戻ってきました(笑)
引き算、いらんかったようです。
私は日々引き算しながら生活してるので、やっぱり必要と感じます。ゼロになる快感も好きです。
人生としてとらえています。
引き算。
仕事も片付けもオシャレも付き合いも。
論点がズレていたらごめんなさい。
論点がズレているもしれないので、頓珍漢な意見だったら申し訳ありません。
私の中で、ひき算は足し算です。
私も小学生の頃ひき算が嫌いでした。
だけど足し算はそれなりに好きでした。
そして足し算がそれなりに出来ると頭の中でひき算は足し算になります。
ちなみに割算も嫌いですが、私の中では割算は掛け算です。
結論として、ひき算が苦手なら足し算を一生懸命やれば大丈夫なので、無理してまでやらなくて良いと思います。
学校で習う必要と言えば、人によるのかなーと
我が家の上の子は小1、2年の時はいらない派でした。
低学年で「足すのかな、引くのかな」を習う時期があって文章から足し算か引き算か判断する、という時期があります。
「そんなの考えなくても自然にできるでしょ!場合によっては足してって合計で考えてる時もあるし、引いてる時もあるし、なんでイチイチ式にして書かなきゃいけないんじゃ!大体でいけるじゃん!」という事を子供らしい暴言で全身で泣きながら言ってました。
宿題も授業でもブーブーで、当時も不登校傾向あり。
現在も数回目の不登校中です。
一方の今低学年の下の子。
「これはどっちが多いか…だから引き算!合わせていくつだから…足し算!」と言いながら普通に宿題しております。
駄菓子屋で100円内で好きなだけお菓子買って良いよと言うと、下の子は嬉々として細かく計算して買ってるけど、上の子は計算ストレスと駄菓子を天秤にかけて買ってました。
一個好きなものどうぞ、って選ばせた時のが断然嬉しそうでした。
あと、概算だととてもストレスが下がる。
上の子の方が話してて賢いのですけどね。
なんでも分かってるし、よく考えられた意見を言う。
でも、学校は無理。
多分、騙されたり損をしても「引き算」あまり使わない方向で生きてくんじゃないかなー。
引き算いるかいらないか、で言えば「人による」です。
先生の意見楽しみにしてます。
私、40代ですがいまだに引き算苦手で…(^_^;)。
よく行く焼鳥屋さんのおっちゃんが、暗算でおつりを渡してくれるのですが毎回「〇〇円…で合ってるかな?」と言われます。
私も自信ないので「たぶん!」と言いながらおつりを受け取ってます。
間違っててもたぶん気づけない。
今までの人生で何度も損してきたのかもしれません(笑)。
まいばすけっとの30%引きが大好きなので時間が合うとよく行くのですが、値引き後の値段はわからないけどきっと〇〇円くらいかなーと考えながら買い物してます。
4桁の引き算をサラッと暗算する旦那を見ると“かっこよ!”と思っちゃいます。
なので引き算の概念はわかっていたほうがいい気がしますが、計算はできなくてもたぶん生きていける…かな?
損したり不便だったりは、あるかもしれないけど(^_^;)。
いる・いらないの2択だったら…うーん、いらない!かな。
(できるに越したことはないですが)
そんな事言われたら、
逆に引き算なしでその後の算数、数学をどう乗り切るつもりなのか、
具体例を出して、引き算を使わずにどう解くつもりなのか考えさせたいですね。
ただ引き算、座学で習う前から子どもは知っていましたけどね。生活の中で使いますし。
結局、引き算は足し算の答えを出す手段なのかなと。
3+?=10
?=10-3
覚えることは1つでも少ない方が子どもへの負担は少ないし、しかも物事の真理を考える力が身につくので、引き算という「新しい概念」を教えるのでなく、「虫食い足し算」など足し算の応用として教えるのが良いと思います。それが身につけば、教わらなくても、そのうち自然に引き算的なことが身についているはず。