不安は人を怒らせる。
僕の病院は24時間の救急外来システムがあり、僕にも月数回の当直が課される。
一晩中寝ずに外来患者さんの診療を続ける制度だ。
朝から通常勤務をこなし、そのまま翌朝まで救急外来。
寝られるかどうかはその病院の規模と自分の持っている運にかかっているが、僕は平均3時間睡眠といったところ。
吐きそうやりがいのある勤務だ。
で。
夜という時間帯が人を不安にさせるのか、当直帯に受診される患者さんは不安が強い場合が多い。
3日続いた熱がようやく下がって日中は元気そう、だったのに夜からみるみる再上昇し39度に。
熱に伴って子供の元気もなくなっている。
これはいよいよ悪い病気ではなかろうか……。
不安になる親御さんの気持ちは痛いほどわかる。
そのような患者さんが夜中に受診される。
普段はかかりつけ医に行っており当院は初診、僕とは初対面だ。
親御さんが僕の顔を見るなり、怒りをあらわに。
「もう4日間も高熱が続くんです! いつもの薬も飲んだのに全く効かない。
こんなことは今までなかった! どうしてくれる!」
いや、そう言われましても……。
どうやら僕は年齢の割に童顔で(決して若くないのだけれど)、自信なさげに見えるらしい。
一目見るなり、
もっとベテランの先生が出てくると思っていたのになんだこのチンチクリン!
と怒りが湧き上がるようなのだ。
そうですか、お熱以外の症状はどうですか?
咳や鼻水はありますか? と僕。
「今までは熱が出ても2−3日で治っていた。 薬を飲んでも熱が下がらないなんておかしいっ!
だいたいこの子は熱があっても食欲が落ちないのが常なのに、今日はおにぎりとヨーグルトしか食べていないっ!」
では水分はとれていますか? おしっこは出ているでしょうか?
という具合に問診を重ねようものなら、親御さんの顔はみるみる般若に。
「ハァ!? 水分だと? こちとら熱が39度もあるんだぞっ!」
そう言われましても……。
「そしてジュースはよく飲んでいますっ!」
飲んでるんかい。
お子さんが発熱したのは、もちろん僕のせいではない。
悪いのはウイルス(と、たまに細菌)だ。
でも、不安で不安でいてもたってもいられず、受診行動を取る。
そこに出てきた、頼みの綱のハズの小児科医。
なのに、思ってたのとなんか違う!
不安が怒りに変換される。
とにかく目の前の怒りの対象をめちゃくちゃに責める。
その人を責めても事態は解決しないのに、そのような冷静な判断は遥か彼方、だ。
個人的な見解だが、怒りは不安を忘れさせるのではないだろうか。
何が不安だかわからないけど、とにかく不安。
この親御さんも
「発熱の原因がHibによる細菌性髄膜炎で難聴などの後遺症が残ったり、ましてや死亡という結末になったらどうしよう。Hibワクチンは接種しているが人間の免疫に100%ということはないし。
もしくは川崎病ですでに冠動脈瘤を形成しており、将来的に心筋梗塞に至る可能性を考えるといてもたってもいられない!」
といった具体的な不安などゆめゆめ持っていないだろうと予想する。
よくわからないがなにか悪い状態ではないかという漠然とした不安。
この状態はとても居心地が悪い。
不安の対象がわからない以上、対処の方法も思いつかない。
建設的な対処ができない。
そこで、対象のはっきりした怒りへと変換する。
「自分は今怒っている」という状態にすれば、後々恐れる状態が起きても自分に言い訳ができる。
あの時は怒っていてそれどころではなかったのだ、そもそもあのチンチクリンな医者がおかしなことを言うから悪いのだ、と。
実際こういう状態になると、僕が疾患のみたてや見通し、再来院のタイミングなど指示したところで全く届いていないのが常だ。
翌日も発熱が続こうものなら、あの医者はヤブだ! となる。
では採血して入院しましょうと言っても、注射や入院なんてかわいそうだ! と言われるのだけれど。
ホント一体どうしたら……。
ちなみに翌日日中に再診してもらうと、話の通じるいい親御さんになっているんだけどね。
深夜という時間帯に魔物が棲んでいるのだと思う。
ってことで、不安になると人は怒る。
その不安の原因は、「わからないこと」だ。
機械に向かって怒っているおじいちゃんも、間に合わないから急げとまくし立てるタクシー乗客も、部下にとんちんかんな説教する上司も。
怒っている人はみんなみんな、その根底に『不安』がある。
仕組みがわからない、何を考えているかわからない、このあとどうなるかわからない。
だから怒っている。
発達外来にいらっしゃる親御さんはとりわけ、「怒って」おられることが多い。
その怒りを、多くはお子さんにぶつけている。
「今日も学校をさぼって!」
「こんなんじゃ受験なんてできないぞ! 塾代を返せ!」
「このままじゃロクな大人にならない!」
そしてぶつけられた子供だって十分不安なのだから
「うるせークソババア!」
「ふざけんな殺すぞ!」
となる。
怒りをぶつけて事態が解決することは、まずない。
親御さんの不安と、本人の不安。
二つを分離して考えることをおすすめする。
その心理を知って、僕は怒っている人を見たら、「あぁ不安なんだな」と思うようにしている。
ともすると怒りに引きずられ、感情的になりそうになる。
お互い感情的になったところで、それこそ何も解決しない。
他の人より殊に怒りを向けられやすい僕は、根底に流れる不安の源を探りながら、今日も患者さんに怒られている。
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このブログを知り合いから勧めて頂いたので、今日からバックナンバーを辿って読み進めていこうと思います。私は医療ではなく教育関係ですが、保護者の方、同僚や上司と部下の関係を見ていると、今回の記事と重なる部分があり共感します。
これから読み進めていく記事の中から、現場に持ち帰れるものが見つかることを願って。
少しづつ先生のブログさかのぼって拝読しております。
高校生の娘が、ことあるごとにキレて私に八つ当たり。
その原因が「不安」だと気づくのに少し時間がかかりました。
この記事を読んで更に納得です。
先生もお気の毒です。
コメント失礼します。
私も年の割に童顔で、他人から優しいと良く言われますが
そのせいか、人一倍、怒りをぶつけられやすくて損をしているなぁと
常々、感じています。
先生のお気持ちが良く分かり、ついコメントしたくなりました。