何度か書いてるけど、新学期なので再度書く。
いやいやいや。
「嫌がっている子を無理やり学校に行かせなさい」なんて法律、ありません。
みなさんご存知、義務教育。
小中学校は義務教育だ。
だから子供が不登校になると、
「義務教育なんだから、学校に行くのが義務!」
と主張される方がいる。
僕も度々耳にする。
親御さんだったり、学校の先生だったり、よく知らん誰かの意見だったり。
まず明らかにしておきたいのが、そんな法律ない! ってこと。
義務教育とは。
子どもは学校に行きたいのに、親なりおカミ(地方自治体)が「だーめーよ」ってしたらダメってことね。
行かせる義務があるってこと。
大人に対する義務。
そもそも子どもに義務はない。
教育を受ける「権利」があるだけ。
行使するかどうかは、その子の選択だ。
次に言われるのが、
「親は子どもを学校に行かせる義務を負うじゃないっ!」
って話なんだけど。
不登校児は違う。
不登校は学校へ行けない「正当な理由」だ。
学校で教育を受けるより利益より、心の傷による不利益の方が大きいのであれば、そこには正当性が成り立つ。
子どもの人権を踏みにじってまで学校に行かせる義務など、親は負っていない。
文科省も言っている。
不登校の解決の目標は、児童生徒が将来的に精神的にも経済的にも自立し、豊かな人生を送れるよう、その社会的自立に向けて支援することである。
その意味においても、学校に登校するという結果のみを最終目標にするのではなく、児童生徒が自らの進路を主体的にとらえ、社会的に自立することを目指すことが必要である。
ちょっ、いや、何言ってるかよくわからねぇ。
つまり、
って感じ?
【義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律】
一 本法に定める不登校児童生徒に対する支援に当たっては、全ての児童生徒に教育を受ける権利を保障する憲法のほか、教育基本法及び生存の確保を定める児童の権利に関する条約等の趣旨にのっとって、不登校の児童生徒やその保護者を追い詰めることのないよう配慮するとともに、児童生徒の意思を十分に尊重して支援が行われるよう配慮すること。
二 本法第二条第三号に定義された不登校児童生徒への支援、その他不登校に関する施策の実施に当たっては、不登校は学校生活その他の様々な要因によって生じるものであり、どの児童生徒にも起こり得るものであるとの視点に立って、不登校が当該児童生徒に起因するものと一般に受け取られないよう、また、不登校というだけで問題行動であると受け取られないよう配慮すること。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1375981.htm
ちょ、日本語でおk。
要するに、
って感じ?
天下の文科省がそうおっしゃっているのだ。
不登校は悪くない! のだ。
優しいなぁ、さすが文科省。
文章小難しいけど。
なので、「不登校児が学校に行く義務/行かせる義務」はないのだ。
本人が嫌がっているのなら、そこに義務は発生しない。
これが前提。
で。
なぜこんな話をしたかというと。
「義務教育なんだから義務だ。
不登校はありえない!」
この意見で議論が終わっちゃうことが度々あるから。
これは非常にナンセンスで。
上述の通りそんな義務はないので、義務の話はまず忘れていただきたい。
でね。
その上で、しっかり向き合ってほしいのだ。
法律やら規則やらじゃなくて、「その子」とちゃんと向き合ってほしい。
不登校に伴う、メリットとデメリット。
僕は手放しで不登校を礼賛するわけじゃない。
メリットもデメリットもあると思う。
不登校で失うのは『機会』
得るのは『時間』
↑僕はこう考えている。
詳しくはコチラ。
もちろん、学校にもメリットとデメリットがある。
その子にとって、どちらが大きいか。
なにが大事で、有用と考えるか。
しっかり向き合って欲しいのだ。
「義務教育は、義務だから」
ここで止まってしまうと、本質までたどり着かない。
その子は学校の何がしんどくて、どうするのがよさそう?
どうやって生きていく?
その子らしく生き生き豊かに生きるには、どんな方法が成功率が高そう?
究極、「私は誰?」という問いになっていくのだと思う。
人類の、共通課題。
余談だが、全ての学問は「私って誰?」の問いから生まれたように、僕は思う。
人々の生きる目的と言っても過言でもないかもしれないとも言えなくもないような、この問い。
ここにしっかり向き合ってほしいし、不登校の真の解決ってここにしかないように思う。
望まない子を無理やり登校させる法律などない。
むしろ、文科省の方針と逆のことを言っている。
誰も法律違反してない。
「不登校」も立派な選択肢だ。
責められるいわれはない。
その前提の上で、親御さんはお子さんと、お子さんは自分自身と、安心して向き合っていただければと思う。
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学校へ行くのも、行かないのも
どちらも選択するのは子供の問題。
親の問題ではない。
わたしはこれが頭ではわかっても中々腑に落ちなかったです(;´Д`)
世の中そこで思い悩む親御さんが多いと思います。
私もそうだったので(涙)
でもその境界線の引き方わかりました!
とっても心が軽くなる。
私はどちらの体感もあるので(^^)
なんで不登校に対して登校刺激が〜ってざっくりとしたこと言うお医者様が多いんですか?
医学的に見ればそうだからってことですか?
そういうこと言われると不登校する動機付けになるだけで、結局学校の先生たちは何も出来ないんですよね。結果不登校になることは変わらない。義務じゃなくて権利だから不登校でいいんじゃない?そう言う傍ら何かの療法をやってるんですか?それならば納得ですけど、医療で出来ることはないって匙投げてるだけじゃないんですか?
うちの子は特別支援学級にいて、よく教室を訪れることがあるけど、場面緘黙いわれてる子複数人不登校ですよ。学校に来なければ勉強についていけなくなって、発達障害扱いされるようになったり、子どもの心身症の症状と障害と区別されてないような現状なんですよね。教育現場って。特別支援学校も知的障害というより発達障害や癇癪の酷い子やそういう子が増えてるんですよね。
不登校でいいんじゃない?っていうのは無責任です。
いつもたのしく、ためになるお話をありがとうございます。また、今回のような難解な文書もわかりやすく書いてくださって大変たすかります。
最近、自分の気持ちの整理のためにブログをはじめました。
ひっそり、こっそりとなんですけど・・・
P先生のブログを、もちろん引用という形で私のブログに、はりつけて紹介させていただいてもよろしいでしょうか?
まれに、私のブログを見つけて下さる方で、P先生の存在をご存知ない方に有益な情報が届けばいいな、と思っています。
どうぞ、よろしくお願い致します。
P先生
文科省ばりの優しいお話、ありがとうございます!
今回のお話、学校楽しくない小6娘に見せました、読み終わると目が輝いていました(笑)
心が緩むと余裕ができるようで、「明日は学校でオニゴするから早起きするわ!」と嬉しそうに話してました。
人も車のハンドルも遊びがいるなと思った次第です。←教習所で学びました。
いつも心を緩ませてくれて、先生ありがとうございます♡