Categories: 親子関係

相性の悪い親子

親子の相性ってあるよね

 

よく聞く言葉だ。

でも僕は個人的に、この表現に違和感を感じてしまうのだ。

 

相性ってなに?

分かってる。

「気が合わない」程度のニュアンスで使われているのは分かっている。

 

気が合わないのは別にいいし、親子で考え方が異なる例なんて腐る程あるし。

 

でも。

この言葉が免罪符となり、エスカレートしちゃうのが僕は怖いのだ。

 

「長女とは相性が悪いから、次女とばかり話す」とか。

 

「この子とは相性が悪いから、もう知らない!」とか。

 

対人間なので、合う合わないはあると思う。

それは当然。

 

でも、だからといって、「じゃあ距離をとります」とはならないのが親子関係でしょ?

 

他人ならいいよ?

合わなければ距離をおけばいい。

 

でも、親子だもん。

受け入れてあげてほしいんだ。

※成人後に「合わないので距離を取る方がお互い幸せ」ってのはいいと思う。相手が独立前の子どもって前提ね。

 

無条件の愛

子供は、無条件に親が大好き。

親に対し、無条件の愛情を与えてくる。

※特性の強いASDを除く

 

子供は親が大好き。

どんな親でも大好き。

「ママ(パパ)大好き」と好意をぶつけてくる。

 

なのに親は「合わないのでムリ」って、ちょっとありえないと僕は個人的に思う。

強者(親)から弱者(子)への一方的な拒絶って、ちょっとどうなのかなと。

 

子供は親の庇護なしには生きていけない。

文字通り死に物狂いで親の愛情、視線、関心をゲットしようとする。

その必死さ、健気さを、「相性が悪い」でぶった斬らないでほしい。

 

子供、辛い。

本当に辛い。

 

これを読んでいる方はそんなことはせず、お子さんと向き合っているのは存じている。

お子さんを思うからこそネットで調べ、こんなクソみたいなブログでも何かヒントが落ちてるんじゃないかって読んでくださってるんですよね。

それは分かっている。

 

でも、外来だと結構見かけるんだ。

悪気なく、「お姉ちゃんは気が合うんだけど、この子は相性が悪いので基本ほっといてます。私もイライラしちゃうんでー。」って言えちゃう親御さん。(謙遜が入っているのは承知)

相性が悪いんだもん、しょうがないよねー、って。

本人の前で

 

子供、ツラいよな……。

 

『相性』なんてフワッとした要素で否定されて。

どうしようもないのに、でも親に否定されたことだけは痛いほどわかって。

 

受け入れて!

親には圧倒的な力がある。

生存能力という観点でみると、圧倒的アドバンテージがある。

 

その強者が弱者に向かい、「君とは相性が悪いから知ーらない」とか、絶対に言っちゃダメなんじゃないか。

そう言われても、子供は親にすがって生きていくしかないのに。

 

子供は逃げられない。

なのに親は逃げる。

不公平だ。

 

 

誤解を恐れず言うと、僕は

相性の悪い親子なんていない

と思っている。

 

相性が悪いってつまり、

親の受け入れが悪い

ってことだと思う。

 

どんな子でも受け入れてほしい。

考え方が違うなら、「へーあなたはそう思うのね」じゃ、ダメ?

自分にない新たな視点に気づくって、結構楽しいよ?

 

もちろん子供の意見をそのまま採用しろってことじゃなくて。

折衷案を考えてもいいし。

ムリならムリでいいし。

 

「あなたの考えは分かったけど、私(親)は〇〇はできない」

じゃ、ダメなのかしら。

 

意見の合わなさが、イコール排除の理由にならないでほしいと切に願う。

 

条件つきの愛情

合わない子は受け入れない」。

それって自分の思う通りのあり方じゃない子は受け入れない、『条件付きの愛情』と同義に思う。

 

「優秀な長男は自慢だが、落ちこぼれの次男は出来損ないで我が家の恥だ」的な。

 

「妹は素直で可愛いけど、あなたは生意気でかわいくない」のような。

 

条件つきの愛情を助長する文言のように思う。

差別の入り口というか。

自己正当化の始まりというか。

きょうだいを比較し優劣をつけないでほしい。

 

 

わかるよ!

話が飛躍してるのは分かってる。

 

でも、ちょっとでも「この子とは相性が悪いな」と思ってしまったら、この小さな思いが差別の入り口になっちゃうんじゃないかって。

だんだんエスカレートして、

「ほらやっぱり合わない」

とか

「合わないんだから仕方ない」

になっちゃわないかなーって。

 

「相性が悪い」じゃなくて、「考え方が異なる」に変換できないかなって。

『悪い』んじゃなくて『異なる』じゃ、ダメかしら。

 

 

親子は、別の人間だ。

別の思考を持つ、別の個体。

だったら意見が合うこともあれば、合わないこともあるのは当然。

 

それは想定の範囲内として、親の意見と子の意見を分けて考えてほしい

「私(親)はこう思う」「そして子供はそう思う」って。

↓ここでも書いたけど、親の不安と子の不安とを分けて考えるように。

『親の不安』と『子の不安』 外来を受診される方は何かに困って受診するわけだが、何に困っているか、すなわち主訴をまとめてきてくれると非常に助かる。 ...

 

そう、親御さんの意見をないがしろにする必要はないんです。

親御さんを犠牲にして子供に尽くす必要なんてない。

 

親御さんは親御さんで尊重されるべきで。

同様に、お子さんも一個人として尊重されるべき大事な人間。

 

「この子は相性の悪い子」

「合わない子」

 

そんなレッテル貼りをする必要なんて、そもそもないんじゃないかなーと僕は思う。

pediatrician-p

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  • 私は母から「かわいくない」とされ、弟妹たちと違う扱いを受けて育ちました。
    心のよりどころであるはずの家に居場所がなく、子供時代は地獄のようでした。

    さて大人になり、自身の置かれた状況が理解できるようになり、私は家族との交流を断ちました。
    歳をとった母は可愛い孫に会いたくてたまらないとばかり、あの手この手を使って私にやたら執着してくるようになりました。問題行動も起こすようになり、現在では絶縁です。
    幸い、他の家族には理解があり、私の味方であることを申し出てくれています。
    母はなぜ絶縁されたのかが分かっておらず、自分はかわいそうだとアピールしていますが、他から見ると因果応報でしかありません。

    こうした経験から私は自分自身が毒親とならないよう、自らの行いを俯瞰して見られるよう、いつも注意を心掛けています。

  • 相性の問題なら良いけれど

    暴力あるので一時的に離れます。
    (体重40㎏オーバーの5年生は親も危険)
    家族で暮らすためには最低限のルールがあります。
    最低限のルールを犯したら、相性の問題ではなく一緒には過ごせません。

    息子の主治医はかなり厳しいので
    理由、程度に関係なく暴力あれば入院。

    息子と相性が悪いとは思っていないけれど
    ルールが守れないなら一緒に生活は出来ないと思います。

  • 私自身、父から言われたことがあります。「昔から思っていたが、お前とは合わない。」それまで厳しい父と衝突することは多かったし、姉の方がかわいいんだろうな、ということは薄々感じていたけれど、この言葉を言われた時、父との心の隔たりをはっきりと感じ、「やっぱりそう思ってたんだ」と悲しくなりました。二児の母となった今でもその悲しい気持ちを時々思い出してしまいます。
    子どもからすればどんな親でも「性格が合う、合わない」なんて考えない。嫌ならば早く自立して出て行こうと思うだけです。親の保護下にある子どもに相性うんぬん言うのは親側の逃げですよね。もちろん実際のところは兄弟間や親子間で相性らしきものはあるかもしれませんが、決して口に出してはいけないことだと思います。

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